いやなおんな ブログ 自分でも嘘か本当か分からない。散文かもしれない。 忍者ブログ
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バッカーノ!1710―Crack Flag、を読んで、とても面白かった。
久々に『物語』にのめり込んだ気がする(ああでも成田作品は一気読みで疲れちゃっただけで普通にこんな感じ読んでるかな)。
プリンセスチュチュが好きだったあの頃を思い出す。今でも好きだよ、記憶はおぼろげながら。

別段恨む気もせず普通にすばらしいけど王道の戯曲、という風に楽しんだ。

もしわたしが姉に気づかなければ後から『完全にフィクション、物語だから泣いたり笑ったり出来る』ってことを思い出したって書いて普通に平和に過ごせたんだろう。

でも、素直に泣いたり笑ったりする価値観の中に姉さんを見つけてしまった。

姉さん、についてはまず概念から説明しなくてはいけないね。
長文になるからどうか、『つづきはこちら』を押してほしい。わたしは心細い。今抱きしめて貰えたならそれが父親だろうが母親だろうが惚れてしまいそうだ。私の両親について知りたければ読み返せばいい。姉については説明するがそれは説明しない。

最近は色々嬉しかったし楽しかったんだ。
ネットで久しぶりに、順調にじゃれ(慣れと言っても私の中では普通かな)合ってみたりもした。

けど、姉さんを見つけてしまったっていうことはわたしはまたバラバラにされるんだろうと思う。それがとてもつらいよ。

姉さんというのは、過去のわたしのことだ。未来は妹。
今回言う姉さんは、過去のわたしに深く食い込み、その一部になっていた仮面、みたいなもののことだ。

わたしは幼い時分より演じる子だった。自分でも知らず知らずであったり、それが普通だと正しいと思い込んでいたりしたが、とにかく今思えば演じていた。衒っていたでもいい。
期待したシナリオ通りに動いてお涙ちょうだい、それを知ってか知らずか無邪気に演じる子だった。
保護者達が微笑ましいと目を細めれば繰り返した。保育園時代。それだけなら可愛い。小学二年生が『先生泣かないで、先生は笑ってる方がいいよ』本気で泣きながら、この用意した台詞を吐く。なんだかいまのわたしはそれに嫌悪感を覚える。

それは小学四年生になっても変わらなかった。いつも、変わらなかった。不変がわたしだったのは何故か、今ならわかる。全部演じていたからだ。
その演じる自分も小学校高学年からヒビが入る。成長が急速になったからだ。
わたしは友達とよく遊ぶようになって、自分が変に大人だと気づいた。そして改造が始まり、わたしは子供になった。すると、周りはとうに成長を遂げていた。
合わせないといけないと思って下がったわたしは見おろされた。そこが一番わかりやすい破綻だった。

そうしているように、わたしはわたしが『他人に受け入れられる』と思っているわたしを作り上げていた。それは間違っていたのだが……。
『他人に受け入れられる価値観のわたし』は、母親の価値観がベースだった。異様に涙もろい女だったことを今なら回想出来る。
そのわたしは、よく泣き、よく笑い、明るく、嘘を嫌い、同情深く、人が好きだった。

姉さん、と今呼んだのはそいつのことだ。

作り上げた不自然に天真爛漫なわたしは、特にフィクションでよく泣き、笑った。
そのわたし――姉さんを、見つけてしまった。

中学に入り、いや、もっとわかりやすい時期にしよう、引きこもり病院に通っている頃のわたしは、食い込んだ仮面がひび割れてからのわたしは特にひどかった。
並列思考というのか二重思考というのか、なんとなく後者の方がわたしにはしっくり来るがどうでもいい、それに近いかもしれない。
または多重人格と言ってもいい。

実際の多重人格って記憶あるんだって。なんか人格だけどっか違うみたい。人が変わっちゃったみたいになるみたい。そうどこかで読んだ。

人なつこいわたしが誰かと仲良くして、約束する。
人になつかないわたしがそれを苦痛に思い、周囲を振りまわす。

そんなコンボだけは事実だ。

だから、ここ数カ月ほど姉さんのことくらいはせめて、忘れていた。
頭で考えて自制してみても姉さんと一緒に他人を振りまわしそうになるは多々あったが、頭で考えて抑えた。
そしてこうまではっきり姉さんを自覚したりはしなかった。

けど、こうして姉さんは姿を現した。わたしの前に。

わたしと姉さんは一緒に居ると不幸になる。
わたしと姉さんはシャム双生児の癖に気が合わなすぎる。

はっきりと人と遊ぶのが好きだと思ってしまう。そういうことの価値もわかってくる、なんてわたしの望んだ生易しさはなく、
姉さんが無理やり乗っ取るように過去の自分の盲信としか言い様のない価値観に支配される。

わたしは、それが、いや。

今のわたしはとてもとても好きな人がいる。
わたしはもしかしたらそれをささえに今度こそ姉さんを殺そうとしていたのかもしれない。
でも、出来ないと見せつけられたかのように途方に暮れている。

姉さん、なんでまだ生きてるの?

本質的に、わたしはこの社会の人間として、うまれたときから感じ方価値観がおかしいのだと思う。少しつめたく、触覚が薄く、淡い。
けれど無理して生まれた姉さんはやはり無理の産物なのだ。しかも、母親を基準としているせいで、姉さんもおかしい。

わたしは自分の本質に従うか、本質をベースに出来るだけ少しの調整をして生きていきたいと思っている。バラバラに動く心に翻弄される運命なんていやだ。
だから、

姉さん、なんでまだ生きてるの?
姉さんが生きてると、わたし、すごく不都合だよ。


そして、動揺しているようでその裏でまたわたしは別のことも考えている。
ここでもある種の演技が必要になる。本当にわたしの感情が動いているのも事実だと、知って貰いたいと願うから。

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